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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1462号 判決 1978年10月17日

控訴人

車茂

控訴人

韓茂憲

右両名訴訟代理人

上田誠吉

外六名

被控訴人

東京都

右代表者知事

美濃部亮吉

右指定代理人

門倉剛

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

控訴人らが昭和四八年当時東京都朝鮮中高級学校高級部一年在学中の生徒(以下「朝高生」と略称する。)であつたこと、同年六月四日国鉄線八王子駅北口改札附近において控訴人らを含む一五名の朝高生と工学院大学附属高等学校生徒(以下「工学院高校生」と略称する。)数十名との間に対立抗争があつたこと、警視庁八王子警察署勤務の警察官らが、右朝高生に対して北口派出所への同行を求め、右朝高生が事情聴取のため同駅構内から北口派出所へ移つたことは、いずれも、当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  高校生間の対立抗争の経緯と状況

控訴人らの通学していた東京朝鮮中高級学校では、日本の一部不良学生による通学途上の朝高生に対する集団暴行事件が頻発しているとして、これに対処するため同校生徒の集団登下校を指導していたが、本件事故当日は八王子市内に住む金和雄が中間試験で下校時間が早いため国鉄線八王子駅附近において工学院高校生に襲われる恐れがある旨の情報を聞知していたところから、控訴人らを含む一四名の朝高生らは、同人を八王子駅まで送つて行くことにし、四時ころ同駅に着き、北口バス停留所まで見送るべく、跨線橋を渡つて北口改札口の方へ向かおうとしたところ、跨線橋の北口寄りの附近に五、六名の高校生風の男が現われ、控訴人らに向かつて「朝鮮人、やつてやるからこつちへ来い。」と挑発的な言葉を投げかけて同改札口方向へ階段を下りて行き、これに立腹した控訴人ら朝高生は、その男を追つて北口改札口附近に至り、改札口前の道路附近で待機していた三〇名位いの工学院高校生らと喧嘩を始め、工学院高校生の一部の者が木の角材やこうもり傘等を振り回し、朝高生らは駅の備品である竹箒や改札勤務員用の鉄製の丸椅子を投げつけて応酬し、改札口附近は一時騒然となつた。(右椅子を投げた際、それが駅員の横腹にあたつたので、朝高生の朴勝司は、暴行容疑で立川鉄道公安室八王子派出所勤務の鉄道公安官山本晃、楠孝一らによつて右派出所に連れて行かれた。)そして、このような状況の中で、控訴人車、朴清吾ら数名の朝高生は、工学院高校生らから数回殴打されるといつた事態が生じた。

これにより前の午後三時四〇分ころ、北口派出所に勤務していた警視庁八王子警察署警ら第三係巡査長笠井勲は、北口改札口附近に高校生が数十名集まつているのを認め、事情を尋ねたところ、高校生らは、「自分達は工学院の高校生であるが、駅構内に朝高生が来ていて入れない。」旨答えたので、同巡査長は、一旦北口派出所へ戻り、相勤者である鈴木仁巡査に右の状況を本署に報告するよう依頼し、また、自らも後に通信指令室立川分室に通報した。鈴木巡査からの連絡を受けた本署では、北口派出所に近接する派出所及び無線自動車に対して応援方を指示し、午後四時ころ現場に到着した巡査長山下富、巡査藤野豊重は、北口派出所勤務の警察官とともに、前記高校生らの乱闘を目撃し、「やめろ、やめろ。」といつて間に割つて入り、工学院高校生から角材を取り上げるなどして制止に努めたが、興奮した控訴人ら朝高生は、警察官の制止を振り切つて、工学院高校生に挑みかかり、気勢に押された工学院高校生は、警察官の制止もあつたので、一斉に丸井デパート方向へ走り去り、これを追わんとする控訴人ら朝高生は、一旦は警察官によつて右デパートとロダンビルとの間の路地で阻止されたが、再び右路地から反転して、北口広場中央のロータリー方向に走り去り(なお、この際、山下巡査長と岩坪巡査は、朝高生らの集団の後尾にいた朴永和を事情聴取のため北口派出所へ同行した。)、ロータリー附近において控訴人らを含む約一〇名位の朝高生は、一人の高校生風の男を取り囲み、「さつきいたのはお前か。」などといつて、交互に殴る蹴るなどの暴行を加わえた。そこへ無線指令によつて急行した巡査長中田金三、巡査上田邦夫がこれを目撃して制止にかかるや、右朝高生らは、一団なつて北口改札口から駅構内へと逃走し、中田巡査長と藤野巡査がこれを追跡した。

(二)  朝高生同行の実情

中田巡査長は、先行する藤野巡査に対し、「そこへ駈けて行くのは暴行犯人だから、一人だけでも確保しろ。」と命じ、藤野巡査は、朝高生集団の最後尾を走つて行く控訴人車に跨線橋の八高線ホームの上部附近で追いつき、「ちよつと待て。」といいながら、同控訴人の右腕に手をかけたところ、同控訴人が一瞬立ち止まり、振り向きざま、右肘で同巡査に肘鉄砲をくわせ、それを顔面に受けた同巡査は、その場に転倒して意識を失なつた。後方から控訴人車の右暴行を目撃していた中田巡査長は、藤野巡査が重傷を負つたのではないかと思い、一瞬恐怖を感じたため、拳銃を抜いて右手に構え、跨線橋から中央線ホームへと西側階段を下りて行く右控訴人を追跡し、同控訴人が中央線ホームの東側階段の下附近に集合していた朝高生に合流したところで、これに追いつき、控訴人らを含む一三名の朝高生に対し、銃口を向けながら、「ロータリーでの暴行について事情を聞くため交番まで一緒に来てくれ。」と同行を求めたが、朝高生らは、「撃つなら撃つてみろ。」などといつて同巡査長を取り囲み、同行に応じようとせず、同巡査長は、拳銃をサツクに納めてさらに同行に応ずるよう説得を続け、また、まもなく応援にかけつけた巡査川手正広も、中田巡査長とともに説得に努めているうちに、控訴人ら朝高生は、「仲間が足りない。」、「仲間を探がす。」等といいながら、五、六名ずつ二手に分かれ、中央線ホームの東側階段を昇つて跨線橋上に出た。折から、跨線橋上には警部補石田禎顕ら十名余の警察官が集まつており、右の警察官らは、同警部補の指揮により跨線橋上に昇つてきた控訴人ら朝高生を壁際に誘導して北口派出所への同行を促がすし、朝高生は、「行く必要はない。」とか「仲間が足りないからそれを探すまで待て。」「なぜ俺達ばかりをつかまえるのか。日本の学生もつかまえろ。」などと大声で叫び、依然、同行を拒否していたが、中田巡査長らも加わつて、さらに、説得を続け、肘に手をかけたり、手を引つ張つたり、背中を押すなどして同行を促がした。そのうち、控訴人ら朝高生が跨線橋中央部附近で一団となつたところで、控訴人車が「何も悪いことはやつていないのだから、行つてやろうじやないか。」と叫びかけるように発言し、これがきつかけとなつて、朝高生は、午後四時三〇分ころ、跨線橋から北口改札口を通つて北口派出所まで警察官らに同行し、すでに同派出所に来ていた前記朴勝司及び朴永和も、これに合流し、同派出所内の朝高生の数は、合計一五名となつた。

(三)  派出所における事情聴取の状況

北口派出所は、十数名の警察官も加わり極めて混雑した状況であり、さきに到着していた少年係警部補香取健三、同係巡査部長中村大和が控訴人ら朝高生から事情を聴取しようとしたが、朝高生は、依然として、「なぜ俺達ばかりをつかまえるのか。」「早く相手の日本の学生もつかまえろ。」などと口々に大声で叫び、香取警部補らが再三にわたり静かにするよう注意したが、全く聞きいれず、事情聴取のできる状況ではなかつた。そのような状況のなかで、静かにするよう注意していた巡査佐藤博文の手元が一人の朝高生の肩に触れ、その朝高生が「お巡りうるさい。」といいながら、同巡査の警笛の鎖を強く引張つたため、同巡査が身体のバランスを失なつて前方によろめき控訴人車の胸部に両手をついたことから、同控訴人が矢庭に同巡査の大腿部を蹴り、手拳で顔面を殴るなどの暴行に及んだので、同巡査は、控訴人車の顔面を手で数回殴打した。これを見ていた控訴人韓が右巡査に抗議しながら控訴人車の方へ近付きかけたので、居合わせた数名の警察官は、それを制止すべく、控訴人韓の背後から首を押さえつけ、腹部や後頭部を蹴つた。こうしたことで派出所内は一層騒然としてきたため、中村巡査部長が代表から事情を聴取したい旨呼びかけたところ、控訴人車と朴永和の二人が名乗り出、同派出所内の休憩室で事情聴取を行なうことになつた。しかし、派出所内での喧騒状態は容易に納まらず、外には野次馬が大勢集まつていたところから、まもなく到着した警ら課長の遠藤警視は、同派出所内での事情聴取は困難と判断し、本署で事情聴取をするよう指示し、その旨を控訴人ら朝高生に伝え、遠藤警視らが乗つてきた中型輸送車で控訴人ら朝高生を本署に同行して事情聴取を行ない、午後九時四〇分ころ全員帰宅させた。

以上の事実を認めることができ<る。>

なお、控訴人ら主張の警察官による逮捕、監禁、侮辱の事実については、<反証排斥略>。また、控訴人らは、前叙のごとき警察官の暴行により加療約一週間を要する傷害を受けた旨主張し、<証拠>並びに原審及び当審における控訴人ら各本人尋問の結果にはこれに副う旨の供述が、また、医療法人健生会立川第一病院所属医師児島徹作成に係る診断書(甲第一、第二号証)には、控訴人車は、両肘関節挫傷、腰部及び左アキレス腱部挫傷、右第二指基節部挫傷、右肘部擦過創により、また、控訴人韓は、両耳介後部・前額部・後頭部・右背部・左側腹部挫傷、右手関節部・第五指外側挫傷、右手関節捻挫により、それぞれ、加療約一週間を要する旨の記載があるが、当審における控訴人車本人尋問の結果によつて認められるごとく、控訴人らは医師に対し怪我をした際の客観的状況等を詳しく説明したわけではなく、医師の方からも十分なる問診をしていないことに徴し、また、前記認定に係る控訴人車が工学院高校生によつて殴打されたこと、警察官らの控訴人らに対する実力行使の態様、程度等をも勘案すれば、右の供述、記載は、たやすく措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。

しかして、右認定に係る事実関係のもとにおいては、中田巡査長が国鉄線八王子駅構内で控訴人車を追跡するにあたり拳銃を抜いたことは、同巡査長において藤野巡査が同控訴人から暴行を受けて転倒し意識を失つたところを目撃し、危険を感じたことによるとはいえ、警察官職務執行法七条の規定に照らし、相当とはいえない。しかし、それ自体が当然に控訴人らに対する不法行為を構成するものではないのはもとより、控訴人ら主張のごとく同巡査長が控訴人車の合流した一団の朝高生に対し、銃口を向けながら交番への同行を求めたことをもつて同行の強要とは認め難く、また、同駅跨線橋上で容易に同行に応じようとしない控訴人ら朝高生に対し警察官が肘に手をかけ、手を引張り背中を押す等の有形力を行使して同行を促がしたからといつて、警察官職務執行法二条二項所定の「同行」としての任意性を失わせものではないというべきである(最高裁判所昭和二九年七月一五日第一小法廷判決、刑集八巻七号一一三頁参照)。ところが、八王子駅北口派出所内における警察官らの控訴人ら両名に対する前叙のごとき実力行使は、あくまでも犯罪の予防と鎮圧という行政目的達成のために行なう警察官職務執行法に基づく行為としては、その許される範囲を逸脱したものといわざるを得ない。しかし、国家賠償法一条にいう「違法」とは、単に当該行為が法に違背するということだけでは足らず、同条の法意に照らし、国又は公共団体に損害賠償義務を負担せしめるだけの実質的な理由がなければならないと解するのが相当であるところ、同派出所内における控訴人らを含む朝高生の態度、殊に偶然的事情に誘発されたとはいえ、先に控訴人らにおいて暴力沙汰に及んだこと、暴力行使の程度、結果等を勘案すれば、右警察官らの実力の行使は、これをもつて国家賠償法一条の違法な行為と認めることはできないものというべきである。

それ故、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、排斥を免がれないこと明らかである。<以下、省略>

(渡部吉隆 浅香恒久 中田昭孝)

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